補聴器

 今回のテーマは補聴器です。補聴器を通して日本社会の健康を考えてみます。
 補聴器(ほちょうき)は、聴覚障害者の聞き取りを補助する補装具です。もう少し耳に優しく表現しますと、補聴器は聴力そのものの改善はできませんが、加齢や様々な原因で衰えた聞こえを補い、「会話の聞き取り」をサポートする道具です。もっと簡単に言うと、補聴器は、今より聞こえを良くするために、音を大きくする器械です。
 補聴器の構造は@マイクロホンA増幅器B音量調整器C出力制限装置DイヤホンD電池(電源)で構成されたものが基本形です。基本構造は、運動会や講堂で使われる拡声器と同じです。ラジオやアンプを組み立てた経験のある人なら簡単に制作できます。

 音を大きくする機械は、簡単に制作できますが、様々な難聴に有効な補聴器を制作することは容易ではありません。現在、販売されている補聴器は増幅器の種類によりアナログ型とデジタル型に大別されます。デジタル補聴器の開発で補聴効果は大きく改善され、更に補聴器の装用効果が期待できない難聴には、人工内耳、人工中耳、人工内耳+補聴器などが開発され医療として提供されています。
 難聴を天命として諦めてしまう時代は終わりつつあると言えますが、日本社会の現状は、補聴器の普及率ひとつとってみても十分とは言えません。社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会の調べでは、補聴器を必要とする難聴者は約600万人に上るようです。これに対して2008年度の補聴器出荷台数は、約46万台です。一人で複数台装用又は短期の買い換えなど考えると、普及率は極めて低いと思われます。

 なぜ普及率が低いのかを考えてみます。まず第一に、聴覚障害を持つ社会的弱者には値段が高過ぎます。更に障害者福祉制度が支援する難聴レベルが高過ぎます。欧米の支援レベルが40dB程度に対して日本では70dB(60dB以上が高度難聴)以上です。第二に障害者のための社会インフラ整備が不十分なため、補聴器を装用しても気軽に外出できないことが補聴器の購入を阻害しています。難聴者にとっては全ての車が電気自動車に見えます。第三に聴覚障害者個人の責任と負担に任され過ぎです。補聴器の費用負担だけでなく、装用に伴う身体的・精神的負担は家族や周囲の人達にもなかなか理解されないでいます。便益と負担のバランスを考えると買う気が起きないのでしょう。

 ところで、人類の他種生物にはない際立った特徴のひとつに音声言語の獲得があります。この言語活動が脳を含めた聴覚の飛躍的発達を促し、人類の知性や社会性を育んできました。このことから、迅速かつ的確なコミュニケーションを可能にする人の聴覚は社会的共通資本と言っても過言ではありません。しからば、難聴に起因するコミュニケーション障害を克服する補聴器は公共財であるべきです。「一人の耳は皆のために、皆の耳は一人のために。」をスローガンとする耳協同組合が出来れば、聴覚障害がもたらす経済損失(米国ではGDPの2〜3%との報告)をかなり抑制できそうです。

茅野市 耳鼻咽喉科三田医院
三田 温